グールドと草枕  グレン・グールドが亡くなったとき、枕元に置かれていた本は二冊、聖書と「三角の世界」だったといわれています。「三角の世界」(The Three-cornered World)とは漱石の「草枕」の英訳です。グールドと漱石の組み合わせに少し驚いて、「草枕」を読み返してみると、その絢爛たる漢語世界に酩酊しながら、グールドと漱石の組み合わせは決して変ではないと、腑に落ちたのです。  グールドはカナダ出身のピアニストです。高橋悠治のいう通り、ヨーロッパにいる音楽家には伝統の桎梏から決して許されない曲解釈を、グールドは躊躇うこともなく行っています。しかしその異端のバッハ演奏を一度聞いたら、他のバッハ演奏は色褪せ、グールドの演奏は心の真ん中に居座ってしまいます。若き日行ったロシアの演奏旅行では、バッハの再来といわれた所以です。風変わりな演奏態度にもかかわらず、そのピアニズムの魅力は真実で尽きるところがありません。  漱石が好評な「猫」「坊ちゃん」に続いて執筆した「草枕」は不思議な作品です。「山路を登りながら、こう考えた」の有名な一節で始まるこの小説は、世に憂いた画工が山の温泉宿に逗留し、那美なる美しき闖入者に翻弄されながらも、すべてを画の中の出来事に抽象して捉えんとする、その試みを綴った文章といえます。今となっては難解なこの作品を改めて最後まで読み通してみると、なるほど漱石の狙いの通り、私のなかにある美しいイメージは残ったのです。  バッハの静謐で精緻な曲の構造にエクスタシーを感じ、極北の地に生きる人々をテーマにしたラジオ・ドラマも制作したグールド。一方明治の漱石は草枕で「非人情」をキーワードにした心象世界を描き出しました。その抽象性において両者には共通性があったのではないでしょうか。少なくとも、グールドが漱石の草枕に強く惹かれていたのは確かです。グールドは死の前年、ラジオ番組で「三角の世界」の一部を朗読していますし、遺稿の中にはこの作品のラジオ・ドラマ化を構想するメモも見つかっています。そして、何といっても草枕はグールドの枕元の最後の一冊?だったようなのです。  さて、なぜ「草枕」が「三角の世界」になるのか、それは草枕第三章の一節に由来します。   四角な世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう    漱石は49歳、グールドは50歳の若さで世を去りました。私はといえば、後世に残すものもなく、いつしか彼らが亡くなった齢を過ぎ、「漱石が読めたらええねん、グールドが聞けたらええねん、真央が見れたらええねん」と、むなしくウルフルズの曲を口ずさむのみです。  最後に、枕元にもう一冊置かれていた本ー聖書は、グールドの死後父親がそっと置いたものだったそうです。   参考 NHK 知るを楽しむ グレン・グールド 宮澤淳一