この患者さんは普段一度にいろんな音や情報が入ってきて、しかもそれぞれがわかるという、いわば超覚醒状態ともいえる状態にあり、本人もそれが負担であると訴えていたが、服薬後そういう状態もいくぶん和らいだようである。
初診後5ヶ月弱程たった頃から、また漢方薬を飲むとしんどくなると訴えだした。そこで黄解丸を1/2量で処方したところ、しんどさもとれ血圧も落ち着いていった。現在は黄解丸を通常の1/4量服用して十分効果が得られている(図1)。
煎剤から丸薬に切り替える時、煎剤と同じ生薬構成にこだわるなら、三黄丸+桂苓丸を使う方法もあったが、2剤になると煩雑であるし黄柏と山梔子の作用も期待して、黄解丸一方で代用することにした。
はじめ、発作性の血圧上昇などの症候から褐色細胞腫も疑がったが、VMAなど交感神経関係のホルモン値(データ省略)から否定的であった。
4)高血圧治療の過去の文献
近畿大学東洋医学研究所で運営しているインターネット
「漢方文献検索サイト」でキーワード「高血圧」で検索すると17個の文献がヒットした(図2)。
三黄丸、八味丸、続命湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、葛根黄連黄ごん湯、瀉心湯、黄連解毒湯、防風通聖散、釣藤散など高血圧には比較的多くの種類の漢方処方が使用されているのがわかる。
5)瀉心湯について
ここでいう瀉心湯とは黄連、黄ごん、大黄の三味からなる、金匱要略の瀉心湯のことである。黄連、大黄の2味からなる傷寒論の大黄黄連瀉心湯と区別するため、三黄瀉心湯といわれることもある。傷寒論の大黄黄連瀉心湯は煎じではなく振りだし形式で使うと指定されていて、その調剤法の違いは何故か、またそもそも両者の異同についてもいろいろ議論1-3)があるが、ここでは触れない。
金匱要略4)に記載された瀉心湯の条文は2つ、すなわち
第16章 驚悸、吐、衄、下血、胸満、お血病の脈証と治療
心気不足、吐血、衄血するは瀉心湯これを主どる。
第22章 婦人雑病の脈証と治療
婦人涎沫を吐するに、医反ってこれを下し、心下即ち痞するは、当にまず其の涎沫を吐するを治すべし、小青竜湯これを主どる。涎沫止めば乃ち痞を治せ。瀉心湯これを主どる。
である。この条文からは、出血と心下痞に瀉心湯を使うらしいとわかるだけで、実際にどのような病態に使うかはなかなかわかりにくい。
先人の経験を参考にすると、例えば藤平健は「三黄瀉心湯とその臨床」5)の中で『本方は、気分がおちつかない、イライラする、諸種の出血傾向がある、みぞおちがつかえる、便秘がち、などの症状を目標として、胃、腸、肝、鼻、痔、子宮などの諸疾患に際しての出血傾向や、眼疾患、高血圧症、精神疾患、火傷などに広く用いられる。』と三黄瀉心湯が使われる症候をたいへんわかりやすく平明に述べられている。
また、大塚敬節は『瀉心湯に就いて(2)』6)で瀉心湯証に現れる症状として、
- 顔面の充血
- 気分いらいらとして落ち着きを失う
- 心胸中に熱感を訴う
- 出血
- 脈は一定しない
- 心下痞
- 不眠、頭重、目眩、肩凝り
- 便秘
の8項目を簡潔に列挙されていて大変参考になる。この症例では腹診上心下痞はなく、顔色が赤い傾向、出血もなかったが、瀉心湯が奏効した。これらの症候は勿論全部揃う必要はないようである。
6)まとめ
この症例の場合パニック障害や過換気症候群の既往があり、少し神経過敏な所があったのかもしれないが、ともかく思いのほかこの薬方の組み合わせがよく効いて筆者も驚いた次第であった。
黄連、黄ごん、大黄の組み合わせである瀉心湯には鎮静作用があるようである。神経症によく使用される竜骨や牡蠣の鎮静作用とは違い、より強壮で活動し過ぎる傾向のある人によく効く印象であった。
瀉心湯は最近では使うことの少ない処方のひとつだと思われるが、必ずしも心下痞や出血や便秘などの典型的な症候がなくても使える処方である。高血圧を含め精神科的疾患にも使えそうに思われた。煎剤ではかなり苦みがあって服用に難はあるが、飲みやすい三黄丸という丸薬もあるし、またエキス剤ならば味についての問題も減るであろう。瀉心湯は単純な生薬構成の薬方であり、その分余計な副作用は少ないだろうし、広く使って欲しい薬方のひとつである。
神経過敏な人の発作性の高血圧症に桂枝茯苓丸料合三黄瀉心湯が著明な効果を現わした症例を経験したので若干の考察を交えて報告した。
参考文献
1)大塚敬節:瀉心湯に就いて(1)、漢方の臨床、5、1114-1122、1958
2)戸田一盛:大黄黄連瀉心湯について、漢方の臨床、15、535-538、1968
3)遠田裕政:近代漢方各論、192、医道の日本社、1999
4)丸山清康訳註:全訳金匱要略(6版)、268-269、335-336、明徳出版社、1980
5)藤平健:三黄瀉心湯とその臨床、漢方の臨床、19、311-320、1972
6)大塚敬節:瀉心湯に就いて(2)、漢方の臨床、5、1347-1352、1958
本論文の要旨は平成12年度日本東洋医学会関西支部例会(平成12年10月29日、大阪)にて発表した。