帰耆建中湯の加味方が奏効した癰術後の再発を繰り返す傷
 患者は51歳、男性。約2年前から背中に「おでき」が出来て、皮膚科では「癰(よう)」と診断されて、某公立病院の皮膚科で手術をされた。術後の傷口から、また新しいおできが出来るので、皮膚科では3回手術をされて完治せず、別の公立病院の形成外科で2回手術をされたが、やはり完治せず、再び手術を勧められたが、手術しないで治したいと思い、1998年(平成10年)6月24日、当院に来院した。
 身長177.5cm、体重77.5kg、血圧112/80。脈候はやや浮・大・弱で、腹候は腹力十分、胸脇苦満は軽度、両腹直筋の攣急は軽度、臍傍の圧痛点はなく、その他に特別な所見はなかった。
 皮膚は乾湿中等度で、背中の右肩甲骨部の皮膚に1cmほどの穴があいていた(写真参照)。よく見ると表皮が欠落した状態で、新しく「おでき」が出来るのではなく、傷口の辺縁の表皮の下がえぐれて袋状になり、表皮が接触しにくい状態になっていた。
 この傷を治すにはまず、肉の盛り上がりを良くしていく必要があると考え、肉芽の形成を促進する処方として、帰耆建中湯を基本薬方として選定し、分泌液や膿の排出を促進する作用のある生薬複合物としては、枳実と桔梗を追加することにした。全体像を見れば陽証であり、実証であるので、膠飴は不必要と考え、帰耆建中湯去膠飴・加枳実・桔梗(桂枝3g、 芍薬3g、当帰4g、黄耆4g、枳実5g、桔梗5g )を処方した。
 初診時より2週間後に来院した時には傷口は倍以上に大きくなっていたが、少し底の方が盛り上がってきたような印象があった。患者の話では「うみ」が多く出たとのこと。同一処方にて経過観察したところ、4週間後には、傷口はもう少し大きくなり、真ん中がかなり盛り上がってきて、まわりの表皮も少し出てきた印象があった(写真参照)。同一処方で、引き続き経観したところ、6週間後には、肉芽は更に盛り上がり、まわりの表皮も3〜4カ所で肉芽の上に覆い被さってきている状態になっていた(写真参照)。さらに8週間後では肉芽は完全に盛り上がってしまって、表皮もその上にかなり覆い被さってきていた(写真参照)。その後も11週間後(写真参照)、17週間後(写真参照)と順調に改善され、この頃には、傷も小さくなってきていた。20週間後(写真参照)に来院したときには、傷は更によくなり、まわりの赤い部分は、「かさぶた」がとれたところのようでした。その後、23週間後(写真参照)、28週間後(写真参照)と来院し、この時には、自然に「かさぶた」がとれれば、それで完治という状態でした。同一薬方を、念のため35日分持参していき、以来、来院していません。
 生体の本来持っている自然治癒力ということをあまり考慮しない傾向の西洋医学は、極端な言い方をすれば、悪いところは、切り取ればよいというまさに「局所治療」という言葉で代表されるものであります。確かにその技術もかなり進んできて、多くの患者さんの命を救ってきたことも事実ですが、直接命に関わる程ではないにしても本症例のように完治できないこのちょっとした傷のため、お風呂にも入れず、好きなゴルフもできず、酒も控えているというような苦痛を何年も強いられるような例をはじめとして、その他西洋医学では、治しようがない難治性の疾患が多く存在することも事実です。
 漢方(東洋医学)は、西洋医学で忘れられがちな自然治癒力を治療の主体とし、身体全体の異常を改善する(全体治療)ことによって、身体の内側から自然に、局所の異常も治していくという治療法です。この漢方によって、西洋医学的には難治とされる疾患も自然と治っていく例も数多く存在します。
本症例も漢方の本領が如実に発揮できた症例の一つでした。

初診時 2週間後 4週間後
癰術後の傷1

6週間後 8週間後 11週間後
癰術後の傷2

17週間後 20週間後 23週間後
癰術後の傷3

28週間後
癰術後の傷4